当センターではいつも、BGM代わりに沖縄のラジオ局の放送を流しているのですが、先日、とても寂しい訃報が耳に飛び込んできました。

ラジオ沖縄の看板番組『方言ニュース』のキャスターを、長きにわたって務められた小那覇全人さん。
私がこの番組を聴き始めたのは、沖縄から本土に戻ってきてから、ポッドキャストで配信されているのを見つけたのが最初でした。
在沖当時は昼休みすらまともに取れないほど忙しい職場でしたから、昼の時間帯にラジオを聴くことはなかったので聴く機会がありませんでした。
しばらくしてradikoのエリアフリーが開始されてからは、リアルタイムで毎日楽しみに聴くようになりました。
20年前、私が直面した「言葉の壁」
私が転勤で沖縄に移住した2001年頃、現地の支社の事務担当の方から、何度も念を押された言葉があります。
「自分から『ナイチャー』って言わないことね。あれは本来、本土の人を少し揶揄するようなニュアンスが含まれているから」
「『島ナイチャー』って言葉もあるけど、あれは『沖縄の人が、内地の人のような言葉遣いや振る舞いをする』ことを指すんだよ。間違った認識はしないでね!」
当時はまだ、本土から来た人間に対して、どこか見えない壁がある時代でした。 実際に国際通りから一歩中に入った店舗では「あそこはナイチャーの店だから行かん方がいいよ」と囁かれるのを耳にしたり、住宅の賃貸契約を結ぶ際に地元の不動産屋だと「本土の保証人とは別に、沖縄在住の方を必ずもう一名保証人に立ててください」と言われたりしたものです。
しかし、言葉は時代と共に移り変わっていきます。
最近では「ナイチャー」は単に「内地出身者」を指す一般的な言葉として使われるようになり、「島ナイチャー」は沖縄に移住してきた「内地出身者」を指す言葉へと変化したようです。
私がいた20年前から、たった10年、20年という短い歳月で、ここまで言葉の意味が変わってしまう。これは文化の自然な移り変わりなのか、それとも言葉の崩壊なのか――。
そんな疑問を抱いた私は、ある日、思い切って『方言ニュース』へ一本のメールを送ってみました。 「移住経験者である自分も、沖縄の正しい言葉(方言)を学びたいのですが、何か良い方法はありますか?」という内容でした。
全人先生から届いた、一冊の本
すると後日、驚いたことに小那覇全人さんご本人から、直接お返事をいただいたのです。 地元の小学生などに配布しているという貴重な資料と共に、全人さんご自身が使われていたという「うちなーぐち(沖縄の言葉)」の本まで同封されていました。
それはまるで、ドイツ語や中国語の「初めての語学シリーズ」のように体系化された素晴らしい内容でした。
例えば、沖縄の言葉には「ぃ」「ぅ」「ゎ」といった小さなひらがなが頻繁に入ります。「シークヮーサー」などが良い例です。
その本によると、縦書きの際には、前のひらがなと小さなひらがなの1画を、まるで筆記体のように繋げて書くのが正しいのだそうです。
長年沖縄に関わってきた私にとっても、それは完全に「初見」の知識でした。やはりうちなーぐちは、どこまでも奥が深い言葉なのだと、改めて感動したのを今でも鮮明に覚えています。
命のお祝いをしましょう――「沖縄のチャップリン」の血脈
小那覇全人さんというお名前を聞いて、私が昔から大好きだったもう一人の偉大な存在を思い出さずにはいられません。全人さんの御父上である、小那覇全孝(おなは・ぜんこう)さん。沖縄の芸能史を少し調べれば必ず出てくる、「小那覇舞天(ぶーてん)」さんその人です。
戦後の凄惨な沖縄で、先の見えない絶望に暮れる生活の中、舞天さんは生き残った人々に向かってこう説いて回りました。「ぬちぬぐすーじさびら(命ぬ御祝さびら=命のお祝いをしましょう)」と。意味は 「亡くなった人の分まで、私たちは楽しく、幸せに暮らさなければならない」という意味です。
そして、空き缶で作った「カンカラ三線」をかき鳴らしながら、家々を笑わせて歩いたのです。身内を亡くし、そんな気持ちになれない人々から、激しく怒鳴られたり怒られたりすることも多々あったといいます。それでも笑いを届け続けた彼のことを、人は「沖縄のチャップリン」と呼びました。
あの伝説の「舞天」さんの血を引き、沖縄の言葉を守り続けた息子である全人先生から、直接本をいただけたこと。それは私の人生において、本当に嬉しく、誇らしい思い出です。当時、お礼の気持ちを込めて、この辺りのお酒ということで「チットラッツ」を贈らせていただいたのも、今では懐かしい記憶です。
失われゆく「楽園」の中で

大切なものが、時代と共にどんどん失われていく現代。また一つ、偉大な時代が幕を閉じてしまったような、深い寂しさを覚えています。
ふと、昔よく聴いていた沖縄のシンガーソングライター・伊禮麻乃(いれいあさの)さんの『楽園』という曲の冒頭の一節が、頭をよぎりました。
なぜここは楽園と呼ばれるのだろう?
自然は減ってくし 言葉も失いかけている
わずかに三味(しゃみ)の音が
聴こえてくるけど
今日も空は爆音で 二つに割れてる

本当にその通りだと感じてやみません。
色々と話が脱線してしまいましたが……。 全人先生、本当にありがとうございました。
いただいた本を広げながら、私はこれからも、うちなーぐちをもって勉強していきますね。
今夜は感謝を込めて、献杯。


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